[F-008]PULP FICTION (jetway)

  • 2025-2026

思考実験を保存観察するための模型

ずっと思い描いている空間がいくつかある。空港にある可動式の搭乗橋を連結してできた空中回廊。搭乗ゲートをくぐって飛行機に乗るまでの間の、あの機能的で象徴的で刹那的なスロープをいつまでも歩いていられる。入口も出口もないし、永遠に飛行機には乗れないけれど。

設計:DOMINO ARCHITECTS
制作:大野友資
写真:小川真輝

『パルプ・フィクション』

空港で飛行機に乗り込む前に歩く、あのスロープがずっと気になっている。 

スロープには搭乗橋という名前がついている。動かない空港と動いている飛行機の間をつなぐための、本質的に途中でしかない場所。まだこの世界のどこにも属していないような、宙ぶらりんの空間。車輪がついていて、伸縮したり回転したり昇降したりする可動式の構造体で、建築というよりはエレベーターやエスカレーター、あるいは高所作業車やはしご車に近い。

自律した空間としての搭乗橋。いくつか変形合体させれば、まだ見たことのない形態を作れるのではないか。直線、十字路、Y字路、八の字。ぐるっと環状につなげば空中回廊ができあがる。その中でパフォーマーに踊ってもらうのもいい。サマータイムの明るい夜に、ベルリンのテンペルホーフ空港公園で公演できたら最高じゃないか。

搭乗橋を4基つないで無限回廊をつくる。内部には無機質なパネル、規則的に並ぶ窓サッシ、バタバタと足音が鳴る安っぽいカーペットの床、アルミの縦型ロールシャッター、ジョイスティックのついた操縦コンソール、伸縮する蛇腹のキャノピー。窓の外に見えるのは、既に歩いたのかこれから歩くのかわからない、あのスロープの外観だけ。明確な入り口も出口もない。それでもいつか飛行機にたどり着ける気がして、永遠にループする回廊を歩き続ける。

そんな架空のプロジェクトを散歩して観察するための模型を制作した。

せっかくなら自分の好みの模型を作りたい。スチレンボードだけでできた、石膏みたいに白い模型がいい。レーザーカッターも3Dプリンターも使いたくない。手で切って、折って、貼った、手垢まみれの模型がいい。できるだけ少人数で作られた模型がいい。極論、独りで作りたい。できるだけ大きい模型がいい。縮尺を1/10にしたら、全長12メートル、高さ2メートルになることがわかった。

独りで模型をつくるための、制作期間のある日のルーティーン。 夜明け前に起きる。風呂に入る。バナナを食べる。始発に乗って事務所に向かう。コーヒーを淹れる。入念にストレッチする。エプロンを着る。ノイズキャンセリングのイヤホンをつける。プレイリストを再生する。YMOの「パースペクティブ」が流れてくる。スチレンボードからカッターで部材を切り出していく。夜が明ける。半透明なカーテンが光を拡散して部屋が少しずつ明るくなってくる。水を飲む。部材を切り出していく。同僚が事務所に静かに入ってくる。部材を切り出していく。昼食をみんなで摂る。部材を切り出していく。同僚が事務所から静かに帰宅する。ガムを噛む。部材を切り出していく。水を飲む。部材を切り出していく。端材を片付ける。ゴミをまとめる。道具を片付ける。エプロンを脱ぐ。終電に乗る。オリジンで弁当を買う。帰宅する。弁当を食べる。風呂に入る。ストレッチをする。ベッドに潜り込む。また、夜明け前に起きる。

1基つくるのに、7日間で切って、7日間で組み立てる。4基作るのでおよそ2ヶ月間。ひたすらその毎日を繰り返す。制作が日常化する。少しずつ身体に変化が現れる。脊柱起立筋がずっと痛い。右手の中指には大きなカッターだこができた。左手は全体的に痺れている。夜には疲れ目で涙が止まらなくなる。

やっとの思いで組み上げてみると、想像以上に大きい。遠目に見れば綺麗にできているのだけれど、よくみるとミスもたくさんあるし、糊がはみ出ているし、都合の悪いところを誤魔化したり、取り繕ったりしている。まったく、そういうところだぞ。現れた巨大な構造を前にして、これは一体何なのだ、という身も蓋もない疑問が湧き上がってきた。

模型というのは不思議なもので、フィクションをフィクションのままリアルに持ち込める。実現しないものにも実体を与えてしまうことができるのだ。プロジェクトのフィクションと、紙でできた模型のリアルとが出会うときに生まれる摩擦に興味がある。ここにあるのは1/10なのか。それとも1/1なのか。

答え合わせをするには、敷地模型が必要かもしれない。テンペルホーフ空港公園を1/10で作ると、縦200メートル、横250メートルになる。さてさて

“PULP FICTION (jetway)”, 2026
Photography : Masaki Ogawa

模型の可能性

WHAT MUSEUMの建築倉庫はこれまで、建築模型を通して専門的な建築の思考を開かれた形で紹介してきました。本展では、模型を単なる縮尺物としてではなく、概念や思考の断片を担うメディウムとして捉え、その拡張的な側面に焦点をあてます。主に2010年以降に活動をはじめた建築家八組が、本展のために制作する模型や映像、空間的な構成を通して、建築家の思考そのものを提示します。
情報技術の進展によって社会の変化は加速し、建築は短いサイクルでの応答や更新を求められています。一方で、本展は長い時間の中で環境や社会との関係を構想する視点を再確認し、建築的思考の射程をあらためて問い直す契機を示します。タイトルの「波板と珊瑚礁」は、異なる時間やスケール、生成の速度が重なり合いながら共存する状態を示す間接的な比喩です。

いま目の前にある現実を少し遠くに置き、遠くにある未来を手元に引き寄せて思考すること。建築家たちの試みを介して、来場者の方々にとっても、普段とは異なる視点で世界をみる機会になればうれしく思います。(開催概要より)